医師(勤務医・研修医)による未払い残業代請求

2021年03月29日

勤務医・研修医など医師であっても、時間外労働等をした場合、残業代などの割増賃金を請求することはできます。
今回は、
医師(勤務医・研修医)による未払い残業代請求・サービス残業問題について、弁護士のがご説明いたします。

医師でも未払い残業代等を請求できるのか?

医師は、非常に専門的な業種であり、しかも、常に緊急対応が求められる業種です。そのため、労働時間という観念が薄く、時間外労働・深夜労働・休日労働といった区別はないというような誤解をあたえています。

しかし、医師であっても、勤務医や研修医などは、労働契約に基づく労働者です

よって、労働基準法が適用され、時間外労働などをすれば、それらに対する割増賃金(残業代・深夜手当・休日手当)が発生します

もし、これら残業代などの割増賃金が未払いであれば、他の労働者と同様、医師の方も、病院などの使用者に対して、未払い残業代等を請求することができます。

医師の場合、かなりの長時間労働を強いられていることが少なくないため、むしろ残業代等の割増賃金が発生していることの方が多いでしょう。

医師の場合でも、サービス残業が横行している可能性があります。

もっとも、未払い残業代等請求においては様々な争点があります。下記で、医師の未払い残業代等請求において、実際に争われる可能性のある争点についてご説明していきます。

 

裁量労働制

前記したとおり、医師は高度の専門職であり、しかも国家資格のない者が代わりにその職務を行うことができません。

そのため、医師には「専門業種型の裁量労働制」が適用され、残業代などは発生しないのではないかというご質問をいただく場合があります。

たしかに、専門業種型の裁量労働制が適用されるのであれば、残業代などは発生しないことになります。

しかし、専門業種型裁量労働制の対象となる業種は法令によって限定されており、この限定業種の中に、医師は含まれていません。つまり、医師に裁量労働制が適用されることは法律上あり得ません

したがって、医師の未払い残業代等請求において、裁量労働制が問題となることはありません。

 

管理監督者

医師の未払い残業代等請求においては,「管理監督者」であるかどうかが問題となることがあります。

管理監督者に該当する場合には、残業代等は発生しないということになります。※管理監督者であっても,深夜割増賃金は発生します。

たしかに、医師は、医療行為をするに当たって、他の医師や看護師などに指示・命令を出し,その行為を管理監督するということがあり得ます。

しかし、労働基準法41条2号が規定する残業代等が支払われない管理監督者とは、上記のような個々の医療行為等を管理監督する者という意味ではありません。

労基法上の管理監督者というためには、少なくとも、人事労務の指揮監督権限があること、自己の労働時間をコントロールする権限が与えられていること、一般の労働者よりも高い待遇を受けていること等が必要と解されています

よって、たとえ医療行為においては指揮監督権限があったとしても、病院の経営に関わる人事労務の指揮監督権限がなければ管理監督者とはいえません

出勤時間が決められていれば、労働時間を自分でコントロールできるとはいえませんし、看護師等よりも給与が高額であっても、他の医師と比べれば同程度であるというのでは、高い待遇を得ているともいえませんから、これらの場合もやはり管理監督者には当たらないといえるでしょう。

実際問題として、研修医の方については管理監督者とされることは考えられませんし、勤務医の場合であっても、病院経営に深く参画し重要なポストに就いているというような場合を除いて、やはり管理監督者と認定されることは少ないでしょう。

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年俸制

医師、特に勤務医の方の場合、「年俸制」で給与が決められていることがあります。

年俸制の場合には残業代等の請求はできないと誤解されている方もいらっしゃいますが、年俸制というのは、あくまで1年間の給与等の総額を決めておくというだけのことであり、年俸制だからといって、残業代等が発生しないということはありません

したがって、年俸制であったとしても、未払い残業代等を請求することは可能です。

ただし、年俸の中に、後述する固定残業代が含まれているというような場合には、それが有効であれば、その固定残業で決められている時間分を超える時間外労働等に対する割増賃金しか請求できませんので、確認しておく必要があるでしょう。

 

固定残業代

他の業種・職種においても同じですが、医師の未払い残業代等請求においても、最も頻繁に争点となるのは、やはり”固定残業代(定額残業代・みなし残業代)”の問題です。

これは基本給や各種手当の中に、一定時間分の残業代等がすでに含まれているという主張です。

前記の年俸制においても、年俸の中に固定残業代を含めておくことができます。

したがって、これら固定残業制度が有効である場合には、決められている時間分の残業代等はすでに支払い済みということで、請求することはできないことになります。

ただし、決められている時間を超える部分の残業代等については当然請求が可能です

また、そもそも、固定残業制度が有効といえるかどうかということも問題となることが少なくありません。

それまでまったく固定残業代があるなどという説明も受けていないし、合意をした覚えもないにもかかわらず、未払い残業代等の請求を受けた途端に、使用者・病院側から、実は固定残業代が含まれていたというような反論をされることが非常に多いです。

そのような場合には、固定残業制度自体がそもそも有効ではないという主張をして、その有効性を争っていくことになるでしょう。

 

労働時間性(宿日直勤務)

医師は、他の業種に比べて、変則的な勤務をしなければならない場合が少なくありません。そのため、非常に長時間の労働を余儀なくされることもあります。

特に問題となるのは、休日や深夜などに医師として病院内または自宅等において待機しておかなければならない「宿日直勤務」や「宅直勤務」などの労働時間性です。

仮に宿日直時間が労働時間であると認められれば、時間外労働・深夜労働・休日労働の時間は大幅に増えることになりますから、これらが労働時間に該当するのかどうかは、非常に大きな問題となります。

特に、入院施設を有する病院では、医師法によって医師の宿直が義務付けられているため、そのような病院勤務の医師の場合には、多くの場合に、宿日直の労働時間性が争点となってきます。

宿日直や宅直勤務が労働時間に該当するのか否かについては、まだ最高裁判例もなく、定まった解釈がないといってよいでしょう。

下級審裁判例では、宿日直については労働時間制を認めたものがありますが、宅直について労働時間性を認めたものはまだありません。

ただし、宿日直・宅直勤務中であっても、実際に診療行為や手術など医療行為を行ったのであれば、その時間が労働時間に該当することは争いがありません

また、宿日直勤務については、労働時間に該当するとしても、断続的な宿日直勤務として、労働時間規定等の適用が除外され、残業代等の支払いは不要となるのではないかという点も争われることになるでしょう。

 

実労働時間(残業時間等)の立証

医師の未払い残業代等請求においても、他の業種と同様,最も重要なことは、実際の残業時間など実労働時間を主張・立証することです。

残業時間等の立証ためには,タイムカードや業務日報などの実労働時間を記録している書類や証拠が必要となってきます。

タイムカードが無い場合には,実際にある時刻において業務を行っていたことを立証するために,時刻の記載のある業務記録・医療記録・カルテ等、病院への入退室記録、パソコンの起動・終了のログデータ等を証拠とすることもあり得ます。