労働基準法から見えてくる”医師の当直は残業代が出る”

2021年03月29日

近年、従業員に対し劣悪な環境での労働を強いるブラック企業が大きな問題となっていますが、この問題は、医師業界も例外ではありません。

病院に勤務する医師は通常勤務の後、当直を継続して行い長時間労働を強いられているのが現状です。

しかし、当直でも場合によっては残業代が出ます。

今回は、医師の当直残業についてご説明させていただきます。

当直とは

当直とは、当番制で宿直あるいは日直を担当することをいいます。

入院施設がある病院では、医療法によりこの当直が義務付けられているのです。

また、当直に該当する条件は、労働基準法第41条で以下の5つであることが定められています

医療行為・外来対応を行う必要がほとんどないこと
日勤業務の延長ではないこと
仮眠休憩設備があること
手当が支払われること
1週間に1回以内であること

当直は、医療行為を行うために拘束される時間ではないため、例えば、15時間拘束といったような長時間拘束も許可されています。
しかし、実際の現場で行われているのは、「医療行為・外来対応を行う必要がほとんどない」当直でなく、「通常に近い業務を遂行する」当直であるケースが少なくありません。

勤務医の労働時間の実態

病院で働く勤務医は、当直が組み込まれていることから長時間労働になりがちです。

過労死認定基準(過労死ライン)にあたる週60時間以上もの労働をしている勤務医が、女性は50歳前まで、男性は60歳過ぎまでいます。

このことから、医師業界では過労死ラインを超えて働くことが当然になっていると言えるでしょう。通常業務の後も継続して宿直を行う36時間連続勤務も珍しくないのです。

ではなぜ、連続36時間勤務のような長時間労働が恒常化しているのでしょうか。それは、医師不足が大きな要因となっています。
交代勤務を前提とした人数が雇用されなかったり、交代で休みを取ることが不可能だったり等で、医師は過労死ラインを超えた労働を強いられているのです。
 また、交代要員が不足していることから、当直であっても事実上は、通常に近い業務をこなさざるを得ないのです。

医師は管理職ではない

医師は病院に雇われている労働者です。医師にも当然、労働基準法が適用されるため、労働時間に対して残業代が支給される権利があるのです。

しかし、病院によっては、「医師は管理職に当たる」という理由で、残業代の支払いから免れようとする風潮があります。確かに、医師は医療行為をするにあたっては、他の医師や看護士等に指示を出すため、一見、管理監督と言えそうです。

しかし、労働基準法第41条で規定されている管理職とは、人事労務の指揮監督権限があることや、自己の労働時間をコントロールする権限が与えられている者のことを指します。そのため、医療行為の管理監督する医師は管理職には該当しないのです

そう、医師は残業代を支給される権利があるのです。

当直は労働時間に該当するのか

さて、ここで重要となるのが、当直が労働時間に該当するかどうか、ということです。当直が労働時間であると見なされれば、時間外労働は大幅に増えます。
では、当直が労働時間と見なされるケースとは、どのような時を指すのでしょうか?以下の判例を見てみましょう。


三菱重工業長崎造船所事件(平成12年3月9日)最一小判

労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することが出来るか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものでないと解するのが相当である。

この裁判は、作業に入る前の「着替え・散水の時間が労働時間に該当するかどうか」が争われた事件でした。当直とは異なりますが、労働時間に当たるかどうかの判断する基準となります。

この判例によれば、「使用者(病院)の指揮命令下に置かれている時間」が労働時間であるとされています。
当直は医師が自主的にやっているものではなく、病院からの指示により当番制で行われているものです。よって当直は、「病院の指揮命令下に置かれている時間」=「労働時間」と言えるでしょう。

 不活動仮眠時間は労働時間に当たるのか

 当直のうち宿直の場合は、仮眠時間が設けられているケースがあります。仮眠時間中に、緊急の業務が発生し、実際に対応をした場合、その時間は労働時間に該当します。
 一方、業務を行わなかった不活動仮眠時間が労働時間に該当するかどうかについては、以下の判例が参考になります。

星ビル事件(平成14年2月28日)最一小判

不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということは出来ず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することが出来る。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には、労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。そして当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。

この判決では「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には、労働基準法上の労働時間に当たるというべき」としています。よって、緊急の業務が発生したら対応しなければいけない医師の不活動仮眠時間は、労働時間に該当すると考えられます。

当直の「労働基準法規定の適用除外」

前項で「当直は労働時間に該当すると考えられる」と述べましたが、ここからが重要です。

実は、当直を労働時間から除外出来る制度があるのです。

労働基準法施行規則23条において、「断続的な時間外・休日労働」であれば、残業代や休日手当等が発生しない「労働基準法規定の適用除外」という制度を、病院が利用することが出来ますこの制度を利用するためには行政官庁(労働基準監督署長)からの許可が必要ですが、一般的に、病院ではこの制度の適用許可がおりています。

では、「断続的な時間外・休日労働」とは、どのような労働を指すのでしょうか。労働基準監督署長の行政通達によると、『断続的な時間外・休日労働』とは、業務自体が途切れ途切れ行われるものであり、かつ、待機時間が長い労働を指す」とされています。
例えば、定期的巡視、緊急の文書や電話の対応、非常事態に備えての待機等が「断続的な時間外・休日労働」に該当します。

断続的勤務に該当しない当直の場合

しかし、現場に目を向けてみると、「労働基準法規定の適用除外」の認可が下りた病院は、残業代の支払いから免れるために、医師の「通常の時間外・休日労働」を「断続的な時間外・休日労働」と見なすケースがあります。

そのため、客観的に見て当直が「断続的勤務」に該当しない場合はサービス残業をさせられている可能性があるのです。

 過去の判例(奈良病院事件判決・大阪高裁平成22年11月16日)において、労働基準監督署長から「労働基準法規定の適用除外」の許可を受けているものの、実態は「断続的な時間外・休日労働」とは言えないとして、病院側に当直の全てに対して残業代を支払うように命じたケースがあります。

 したがって医師は、当直が断続的勤務に該当しないと考えられるのであれば、サービス残業をさせられている可能性があるのです。では、この場合の未払いの残業代請求を検討してみましょう。

医師の残業代請求には証拠の確保が必要

 未払い残業代を請求するためには、残業をした証拠が必要です。これは立証責任(確実な証拠で証明する責任)が請求者にあるためです。
 医師は、実労働時間が分かる以下のようなものが残業証拠として挙げられます。

・タイムカード
・業務記録
・医療記録
・カルテ等
・病院への入退室記録
・パソコンのログデータ

まとめ

労働基準法から見えてくるのは、当直を労働時間扱いにされず、サービス残業を余儀なくされている医師業界の現状です。無理にでも長時間労働をしている医師は非常に多いです。
しかし、無理をして長時間働くことは、業務効率や、医師としてのパフォーマンスの低下につながります。過度な長時間労働になっているのであれば、思い切って未払いの残業代を請求してみてください。現在の医師に重圧と負担がかかるシステムを、病院に再考させるきっかけとなるかもしれません。