医師の残業代の実態。請求のために知っておきましょう!

2021年03月15日

近年医師の残業代が問題になっています。

医師の仕事は忙しく、サービス残業も多くなる傾向があります。

医師は、人の命を預かる仕事です。
そのため、患者のことを第一に働き続けた結果、気づいたら残業時間がとんでもないことになっていた、という方も多いのではないでしょうか。

医師も残業時間に対応する正当な残業代を受け取ることは当然のことですが、できます。


今回は、残業代を適正に受け取っていない、または受け取っていない可能性のある医師に向けて

  • 医師の残業代の法的規制

  • 医師が残業代を請求する方法

などにつき、弁護士の橋本がご紹介します。
ご参考になれば幸いです。

1、医師の残業代について知る前に|医師に残業が多い理由

医師であるあなたは、残業が多くなる理由をどのように捉えているでしょうか。
一般的には、次のような理由があると考えられています。

(1)医師には応召義務があるから


医師法によると、医師には応召義務があります。

応召義務とは、患者から診療を求められたら、正当な理由がない限り拒絶できないという義務です。
勤務時間が終わっても人手が不足しているときに入院患者から呼ばれれば、駆けつけなければならない場面もあります。

本来であれば、病院側が対応に必要な数の医師を雇用し、対応しなければなりませんが、全国的な医師不足が原因で必ずしも十分な人数を雇用することができていません。

そのため、いつまでたっても仕事が終わらない状態に陥ってしまいます。

(2)緊急の仕事が多いから

医師の仕事は、患者の命に関わる仕事であり緊急性が高く、勤務時間が終わったからといって業務を中断することができず、そのため残業することになってしまいがちです。
救急指定病院や産婦人科医であればなおさら、急患が後を絶たないといった状況もあり、残業しなければならない場面も多くなるでしょう。

そのような環境で仕事を長年していると医師の業界の中で「定時で帰れないのは当然」という空気が形成されてしまいます。

(3)医師不足が深刻だから

医師不足が深刻で、そもそも医師の絶対数が不足しています。

それに加え、地方では、医師の偏在の問題も相まって医師の数が特に足りていません。
平成22年に公表された厚生労働省の調査結果によると、病院が医師の求人をしても医師が充足されない理由として、「求人している診療科医師の絶対数が県内(地域内)で少ないため」との回答が最も多く4,212件に上っています。

次に多かったのは、「大学の医師派遣機能が低下している」との回答で2,207件にのぼり、全体の半数以上を占めています。
特に地方では、医師自体の数が少ないため、医師不足に陥っているという結果です。

また、診療科によっては、過酷な労働環境のため医師が退職したり、若い医師には選択されなくなったりしています。

そのため、一人の医師の負担が大きくなり、医師は残業する結果になっていることがわかります。

(4)責任感の強い医師が多いから

医師は人命に関わる仕事ということもあり、患者の心に寄り添い私生活よりも患者のために働く責任感の強い医師が多いことも挙げられるでしょう。

そのため、残業かどうかよりも患者の命をどうしたら救えるのかに重点を置いてしまいます。


2、医師の残業代の実態

 

では、実際、医師に残業代が支払われていない現実はあるのかを見ていきましょう。

(1)医師の平均残業時間

平成29年に厚生労働省により行われた医師の実態調査の結果によると、1週間に60時間以上勤務している医師の割合は、41.8%と他の職種と比較して最も高い割合となっています。

また、同調査によれば週60時間以上勤務している病院常勤勤務医は、男性の場合は41%、女性の場合は28%週に80時間以上勤務している病院常勤勤務医も男性で11%、女性で7%に上る結果が明らかになっています。

さらに、残業が多い診療科の医師は、救急科、臨床研修医、外科、産婦人科などがあげられ、特に未婚の病院常勤勤務医の残業が多いようです。

(2)医師がサービス残業をしている実態

ここ数年、病院の残業代の未払いの問題が注目を集めています。

平成29年には、ある都立病院が、医師ら職員約130人の休日や深夜の勤務に十分な残業代を支払っていなかったとして立川労働基準監督署から是正勧告を受けるという事態がありました。
同院は指摘を受けてから、未払い分約1億2千万円を支払ったようですが、都立病院でも残業代の未払いが発生している可能性があることがわかります。

同院の場合、午後5時15分から翌午前8時半までの夜間や休日の勤務に原則として超過勤務分の賃金より安い宿直手当を充て、救急措置などがあった場合のみ賃金を割り増しして支払っていました。
しかし、夜間や休日勤務が通常より負担が少ないとはいえないとして、労基署から超過勤務分の賃金支払いを求められ、従ったという経緯で、残業代の未払いが発生したようです。

平成30年には、佐賀県の病院が職員の残業代の一部不払いで、佐賀労働基準監督署の是正勧告を受けるという事態がありました。
同院は、是正勧告を受け、医師ら234人に2年間の未払い分計約6億1300万円を支払ったとのことです。

令和元年には、大阪府内で5つの病院を運営している地方独立行政法人で、ここ2、3年だけで12億円以上の残業代の未払いがあったことが判明しました。
同法人が運営する病院では、職員の勤務時間は各職員が提出する勤務表をもとに管理されていました。
また、これとは別に、出勤時と退勤時に職員が利用するICカードの記録も残されていました。
ところが、平成29年から平成30年にかけて行われた労働基準監督署の調査によって、職員が申告した勤務時間とICカードによる出退勤記録との間に大きな差があることが判明しました。
一例をあげると、提出された勤務表上の勤務時間は「午前9時から午後5時」となっているにも係わらず、ICカードの記録を見ると「午前8時に出勤し、午後7時に病院を出た」ことになっていたようです。

全ての病院の残業代未払いの事件を上げることはできませんが、都立病院や府立病院であったり、出退勤をICカード等で管理していたとしても、残業代の未払いが発生している実態があることがわかります。


3、医師の残業代が支払われないカラクリとは?

 

では、医師はどうして残業代を払われていない場合が多いのか、見ていきましょう。

また、残業代支払請求権の時効は2年です。
次の記事を読んで自分も該当するかもしれないと思われる方は、すぐに専門家に相談してください。

(1)みなし残業代

医師の給与の支払いの内容には、基本給や役職手当などとともに、みなし残業代が支払われているケースが多いです。

しかし、このみなし残業代は、実際に支払われるべき残業代よりも少ない可能性があります

法律上は、みなし残業代として支払われた額を超える残業代が発生した場合、病院は超過分について残業代を支払う義務がありますが、実際には支払っていない病院もあるのが現状です。

もちろん、勤務する病院の体制にもよりますが、責任感の強い医師ほど、患者のために長時間勤務してしまい、想定されている勤務時間を上回っている傾向があるでしょう。

(2)年俸制

年俸制を採用している病院が多く、年間に支払われる給与は固定制です。

年俸制でも別途残業代は支払われなければならない場合があります

年俸制の場合、労働契約の内容として、年俸に残業代が含まれていることが明らかである場合であって、かつ、残業代部分と基本給部分とを区別できる場合には、年俸として渡す賃金の一部を残業代とすることができます。

逆に考えると、このような区別ができない場合には、残業代は未払いであるということになる可能性があるのです。

(3)管理職

医師が管理職という名目になっている場合にも、残業代を請求しにくいと一般的に思われています。

元来責任感が強い医師の場合は、「残業が多いのは自分の責任」とも感じてしまうかもしれません。

確かに法律では「管理監督者」(労基法41条2号)には残業代が支払われなくても良いことになっています。

しかし、医師が何かしらの管理職についていたとしてもこの「管理監督者」には該当しないケースが多くあります

自ら管理職だから残業しても仕方がないと感じている方や、病院から誤った説明を受けているケースもあるでしょう。

裁判実務上「管理監督者」にあたるか否かは、

・経営者と一体的な立場で仕事をしているか

・出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていないか

・その地位にふさわしい待遇(基本給、手当、賞与等)がなされているか

の3点を満たすかどうかにより、判断します。

例として、医療法人徳洲会事件(大阪地裁判決 昭和62年3月31日)をご紹介します。

この事件で、裁判所は、

看護師の募集業務において本部や各病院の人事関係職員を指揮命令する権限を与えられ、看護師の 採否の決定、配置等労務管理について経営者と一体的な立場にあった

→管理者としての十分な裁量権が認められ、経営者と一体な立場にあった

タイムカードを刻印していたが、実際の労働時間は自由裁量に任されていた

→ 出社、退社、休憩時間など勤務時間について厳格な制限を受けていない

時間外手当の代わりに責任手当、特別調整手当が支給されていた

→その地位にふさわしい待遇(報酬の支払い)がなされていた

ことをもって、管理監督者にあたると判断されました。

皆様の場合はどうでしょうか。

実際、医師が管理監督者になるケースは、病院長など、かなり限定的な地位に限られる場合が多いです。
ご自身の場合はどうだろうと疑問に思われた方は是非専門家にご相談ください。

4、医師の残業代の法的規則

 

医師の残業代に関する法的規制をご紹介します。

(1)勤務医、研修医は労働基準法が適用される

勤務医や研修医は労働者にあたるため、労働基準法がきちんと適用されます

つまり、1日8時間、1週間に40時間で働くのが原則です
これが、いわゆる法定労働時間です。

そして、法定労働時間を超えて働いた場合には、時間外労働となり、残業代が発生します。

上述したように勤務医の男性の41%、女性の28%が1週間に60時間以上勤務している実態からすれば、多くの方に残業代が発生しているといえるでしょう。

(2)開業医などの雇用主側には規制はない

開業医や雇用主側は労働者ではないということになりますので、労働基準法は適用されません
健康管理に充分注意しながら自己責任で勤務していく必要があります。

(3)当直(宿直)は労働時間にあたるか

勤務医の多くには当直がありますから、当直が労働時間にあたるのかという点について関心を持たれる方は多いと思います。

当直は医師法上「宿直」といいます。
結論から言うと、「宿直」中は、原則としては、労働時間にあたりません

というのも、「宿直」にあたれば、「断続的な業務」(労基法規則23条)として労働基準監督署の許可を受けて、労働時間、休憩、休日の規定の適用を排除することができるからです。

「断続的な業務」とは、待機時間が大部分を占めるような業務を指します。
このような業務であれば、身体的にも精神的にも負担が軽いので、労働時間、休憩、休日の規定を適用しなくても、健康上の問題は生じないだろう、ということでこのような制度が認められています。 

しかし、皆さんも実感されているとおり、時には、宿直中に、通常の業務と同程度の業務を行わなければならないこともあります。
そのような場合には、「労働時間」にあたり、病院は残業代を支払わなければなりません

具体的には、「医師が突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等に対応」した場合などです。

宿直中に、このような業務を行った場合には、病院側に残業代の支払いを請求するようにしましょう。
また、病院側が「宿直」として許可を得ていながら、実態として通常の労働時間と変わらないとして、「宿直」と認めず、労働時間にあたり、残業代が発生すると判断した例(産婦人科医)もあります。
「宿直」中の労働であっても、「もしかしたら残業代が発生するのではないかな?」と思うことがあれば、弁護士に相談してみましょう。

「医師、看護師等の宿日直許可基準について」(労働基準局長通達)に「宿直」にあたるための詳しい要件が書かれているので、関心のある方は読んでみてください。

(4)令和6年からの医師の残業制度が変わる?

平成29年3月28日、医師の労働環境の改善のために、厚生労働省から令和6年4月からの医師の残業時間の上限規制について発表がされました。
厚生労働省から発表された「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」によれば、一般医師は原則として、年960時間/月100時間の残業の上限規制がされます

初期・後期研修医、「医師登録後の臨床従事6年目以降の医師で、高度技能の育成が公益上必要な分野について、特定の医療機関で診療に従事する」医師については、集中的技能向上水準として、原則として年1,860時間/月100時間の上限規制となることに決まりました

また、地域医療確保暫定特例基準として、地域医療の確保のために必要な医療機関を特定し、その特定の医療機関に勤める医師についても原則として年1,860時間/月100時間の上限規制となることに決まりました

今回の上限規制は暫定的なもので、今後の現場の状況を踏まえて、令和27年度末のさらなる上限の縮減に向けて検討が続けられていくようです。

一般労働者の場合、残業時間の上限規制は原則として720時間とされていますが、医師には、医師不足の問題、医師の養成の在り方、医師の地域偏在の問題、病院に医師を宿直させる義務が医師法上課せられていること、等から一般労働者の場合に比して、残業の必要性が高く、医師の残業時間の上限は高く設定されています。

医師にとっては、過酷な労働環境の改善としては不十分とも思われますが、厚生労働省でも、今後も医師の働き方改革及び残業時間の減少に向けての検討を継続していくようなので、今後の動向を見守りましょう。

5、医師が残業代を請求する方法


勤務先の病院で、残業代が支払われるといった話を聞いたことがない場合もあるかもしれません。

そのような場合は、職場の方に聞いても残業代については支払われない前提での話となるでしょうから、そもそも自分に残業代は発生しているのか判断が難しいでしょう。

本項では、残業代を請求する方法を解説していきます。

特に注意すべき点は、未払いの残業代請求には時効があることです。
請求するのであれば、手続きを急ぐ必要があります

また、交渉を始める前に、労働時間を証明するのに必要な資料を可能な限り集めておく必要があります。
交渉を始めてからでは、相手方にそのような資料を隠されたり、破棄されたりしてしまう場合もあります。

そういったことがあるので、行動を起こす前に弁護士に相談することをお勧めします。

 

(1)残業代の計算

まずは、残業代の金額を計算することが必要です。

一般企業では、勤怠システム上残業代が自動で算出されるところも多くあると思いますが、病院によってはこのようなシステムが導入されていない可能性も考えられます。
その場合は、タイムカードや、それがなければ、就業規則上の労働時間、ご自身のスケジュール帳、パソコンの起動時間のログ、メールの送信時間等から労働時間を計算することが考えられます。

(2)内容証明郵便で病院に請求

ご本人で請求される場合、話合いなどで請求するのが1番最初に取る方法だと思います。
もしも、話合いなどで請求をしても未払いの残業代が支払われないようなら、計算した残業代を内容証明郵便で病院に請求しましょう。
その際、残業していたことがわかる勤務管理表などの証拠を提示するとよいです。

(3)労働基準監督署に相談する

内容証明郵便を送付して残業代を請求しても支払われない場合は、労働基準監督署に相談するのも一つの手です。

申告することで病院側に労働基準監督署から注意がなされる可能性があり、それがきっかけとなって、病院側が残業代を支払ってくれる場合もあるでしょう。

(4)労働審判を申し立てる

もしも、労働基準監督署の注意があっても未払いの残業代が支払われない場合には、労働審判や後述の訴訟の申立てを検討しましょう。

労働審判は、管轄する地方裁判所に申し立ててください。
管轄する裁判所は、基本的には勤めている病院の所在地を管轄する裁判所になります。

裁判官1名と専門知識のある審判員2名とで構成され、話合いを行っていきます。

労働審判の段階になると、双方ともに弁護士がつき、裁判官を交えて訴訟になった場合の解決を見据えてのやり取りがされることが多いことから、労働審判を申し立てる場合は、弁護士に一度相談することをお勧めします。

労働審判のメリットとしては、最大でも3回の期日で審判官の判断が示されるので、早期解決が期待できる点です。

労働審判中に和解がまとまらなかったり、審判に対して異議申し立てがされた場合には、後述の訴訟に移行します。

(5)訴訟を起こす

労働審判で問題が解決しなかった場合や、労働審判を申し立てずに訴訟提起を選択した場合には、訴訟の場で未払い残業代を請求していくことになります。

労働審判と異なり、訴訟の場合は労働審判では認められないことが多い、遅延損害金や付加金の支払いが認められる場合もあるため受け取ることのできる額が多くなる可能性もありますが、その反面、厳格な立証が必要になるため、時間がかかり、証拠が不十分な場合には請求自体が認められなくなる可能性もあります。

そのため残業時間を立証する証拠がどの程度あるのか、という点が労働審判以上に重要になってきます。


6、医師の未払い残業代に関するトラブルは弁護士に相談

 

医師の未払い残業代に関するトラブルは、弁護士に相談してください
手続きはご自身で手続きすることも可能ですが、法的知識が不可欠であり、ノウハウもないうえ残業が立て込んでいる忙しい状況でこなすのは相当難しいことと言えます。

また、医師の未払い残業代は多額にのぼるケースも珍しくなく、計算も複雑です。数百万円を超えるケースも少なくはありません。
請求するのであれば正しく計算し、請求していかなければいけません。

弁護士に依頼することで、正確で迅速、かつ病院側との無用なトラブルを回避しながら解決を図ることが期待できます。

まとめ

医師は残業するのが当たり前のような文化がありますが、医師が健康を害しては元も子もありません。

現場が忙しく病院としても残業させてしまうのは仕方ない部分はあるかもしれません。

しかし、残業しているのであれば、当然適正な残業代を請求することができます。
サービス残業が多い医師は、速やかに残業代の請求をしていきましょう。

勤務医や研修医には労働基準法が適用されます。管理職という名目も関係ありません。

適正な残業代を受け取り、より気持ちよくお仕事に邁進していただけたらと思います。

そのお手伝いを橋本はできたら幸いです。