平成29年6月30日東京地方裁判所判決から学ぶ未払賃金請求

2021年03月15日

1) 事件の概要 

 

本件は、産婦人科医である原告甲野太郎(以下、「X」)が、産婦人科診療所を経営する医療法人である被告医療法人社団E会(以下、「Y法人」)に対し、雇用契約に基づき、平成24年7月1日から26年4月20日までの所定時間外、法定外および深夜の労働にかかる残業代合計1761万余円等、同年4月21日から同月28日までの時間外労働等にかかる残業代8万余円等、前記各残業代にかかる労基法114条所定の付加金1770万余円等の支払いを求めた事案です。
 Xは、平成22年8月、Y法人の乙山診療所の当直業務を担当する非常勤医師に採用されました。XとY法人との間で合意された当直勤務の労働条件は、勤務時間は午後7時0分から翌日午前7時0分まで、1回当たり日給7万円等でした以下、「本件非常勤契約」)。Xは、24年7月1日、乙山診療所の常勤医師に採用された。XとY法人との間で合意された労働条件は、外来および病棟に勤務する、毎週月曜・火曜・木曜・金曜勤務、年俸1820万円、平日は7万円の当直手当、日中の勤務時間は午前8時30分から午後6時0分まで、当直は土曜・日曜は土曜日の午後7時0分から月曜日の午前7時0分まで、平日は午後7時0分から翌日午前7時0分までというものでした(以下、「本件常勤契約」)。
 Y法人は、Xの当直勤務につき、労基法41条3号、同法施行規則34条の断続的労働の許可も同規則23条の宿日直勤務の許可も受けていませんでした。
 Xは、平成26年4月30日付「通知書請求書」で、Y法人に対し、三六協定の開示を求め、Y法人から対応がないときは法的措置も検討することを通知したうえ、同年5月15日、乙山診療所を退職し、同年7月3日、本件訴訟を提起しました。
 本件の争点は、(1)本件非常勤契約と本件常勤契約との関係、(2)労働時間(日勤中および当直勤務中の休憩の有無ならびに日勤終了から当直勤務開始までの間および当直勤務終了から日勤開始までの間の労働の有無)、(3)付加金の必要性です。
(2) 判断のポイント 争点(1)について本判決は、Y法人の主張の趣旨を「当直勤務は本件非常勤契約に基づく通常の労働であって、本件常勤契約に基づく時間外労働等には当たらないとしました。本件常勤契約に基づく日勤と本件非常勤契約に基づく当直勤務の各労働時間は個別に計算すべきで、合計して法定労働時間を超えても法定時間外労働には当たらない」というものとしたうえで、「複数の労働契約又は労働内容の一つが当直勤務であっても労働基準法41条3号の「断続的労働」(宿日直勤務が本来の業務である場合)又は同法施行規則23条の「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」(本来の業務とは別に宿日直勤務をする場合……)のいずれかに該当し、かつ、労働基準監督署長の許可を得ない限り労働時間の規制が及ぶから(……)、宿直又は日直の勤務のみの労働を別個の労働契約とすることで規制を免れることは許されない」として、「Xの当直勤務は労働基準監督署長の許可を得ていないから(……)、……Xの当直勤務は宿日直であることを理由に割増賃金の支払義務を含む労働時間の規制を免れることはできない」ので、「本件常勤契約と本件非常勤契約が併存しているため,当直勤務が時間外労働等であることが否定されるかのようなY法人の主張は,……失当である」と判断しました(判旨1)。
 次に本判決は、「XとY法人は,日直(ママ)〈勤-編注〉に係る労働契約と当直勤務に係る労働契約を別個のものとして併存させる意思はなく、一体のものとみており、本件常勤契約を成立させる際、従前の本件非常勤契約はその内容を変更した上、本件常勤契約の一部に取り込み、当直勤務を本件常勤契約における時間外労働等と位置付けることを合意したと推認することができる」ので、「Y法人の主張は,本件常勤契約と本件非常勤契約が別個の契約として併存しているという前提も欠け……、Y法人は,日勤と当直勤務の各労働時間は通算すべきもので、当直勤務は時間外労働等に当たることを認識していた」と判断しました(判旨2)。
 そして本判決は、宿直または日直の勤務にかかる宿日直手当その他の賃金(宿日直手当)が定められていても、「宿日直手当は、労働基準法施行規則23条に基づいて労働時間に関する規定の適用から除外されて割増賃金が発生しないことを前提とするものであり、宿直又は日直の勤務が全体として許可その他の適用除外の効力発生要件を満たしていないにもかかわらず、宿日直手当の金額に限って労働者に不利な効力を認めるべきではないから、「通常の労働時間又は労働日の賃金」〈労基法37条1項-編注〉には当たらないと解すべきである」とし、Xの当直勤務については、「本件常勤契約に基づく日勤に係る年俸を基礎賃金として、時間外労働等の残業代を計算すべきである」と判断しました(判旨3)。
 争点(2)について本判決は、「使用者が当座従事すべき業務がないときに労働者に休息を指示し、又は労働者の判断で休息をとることを許していても、……一定の休息時間が確保される保障のない中で「別途指示するまで」「新たな仕事の必要が生じる時まで」という趣旨で定めていたに過ぎないときは、結果的に休息できた時間が相当の時間数に及んでも、当該時間に労働から離れることが保障されていたとはいえないから、あくまで手待時間であって、休憩時間に当たるとはいえない」としたうえで、Xの日勤中には「業務に従事していなかった時間が相当数に(ママ)あったことは認められるが、Y法人から労働からの解放を保障することは示されておらず、単に当面従事すべき業務がなかったからに過ぎず、……院長の指示、患者の容態変化、外来患者の来訪等で業務の必要が生じれば、そちらを優先して業務に従事すべき時間帯であったといえるから、手待時間と認められ、休憩時間に当たらない」と判断しました(判旨4)。
 次に本判決は、Xの当直勤務中は、「XはY法人の指揮命令下に置かれており、睡眠その他の不活動時間も乙山診療所で待機し、必要に応じて直ちに診療に従事することが義務付けられている」ので、「全体として手待時間を含む労働時間に当たるといえ、休憩時間が存したとは認められない」と判断しました。
 そして本判決は、日勤終了から当直勤務開始までと当直勤務終了から日勤開始までの間は、所定労働時間ともされておらず、日勤または当直勤務に引き続いて恒常的に従事すべき業務はなく,外出も禁止されておらず、患者の容態の変化等の状況に応じては、処置等に従事することもあったが、常にそれに備えて待機していることが義務付けられていたとは認められないことから、Xは「労働から解放されており、手待時間にも当たらない」と判断しました。
 争点(3)について本判決は、労基法を遵守する態勢が整えられていたとはいえないY法人の問題は軽視できないが、Xには高額な年俸と当直手当が支払われていたこと、Xの日勤や当直勤務では手待時間に当たる時間数が相当にあり、その労働の強度が強いとはいえない等の本件特有の事情を考慮して、付加金の支払いを命じませんでした(判旨5)。
(3) 参考判例 奈良県(医師・割増賃金)事件(大阪高判平22.11.16労判1026号144頁)では、産婦人科医である一審原告らの宿日直勤務につき、同勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間において十分な睡眠時間が確保できないなど、常態として昼間と同様の勤務に従事する場合に該当し、通達の基準を充足しておらず、上記の宿日直勤務は、労基法41条3号の断続的労働とは認められず、その全体について病院長の指揮命令下にある労基法上の労働時間であるとして、その従事した宿日直勤務時間の全部について割増賃金の請求が認容された一審判決(奈良地判平21.4.22労判986号38頁)が相当とされました上告不受理)。
 ビソー工業事件(仙台高判平25.2.13労判1113号57頁)では、大星ビル管理事件(最一小判平14.2.28労判822号5頁)、大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件(最二小判平19.10.19労判946号31頁)に従って、病院の警備業務に従事する警備員の仮眠・休憩時間につき、仮眠・休憩時間中に実作業に従事することが制度上義務づけられていたとまではいえないし、少なくとも仮眠・休憩時間中に作業に従事しなければならない必要性が皆無に等しいなど、実質的に上記警備員らに対し仮眠・休憩時間中の役務提供の義務付けがなされていないと認めることができる事情があったというべきであり、本件における仮眠・休憩時間が一般的、原則的に労働時間に当たると認めることはできないとして、仮眠・休憩時間も全部労働時間に当たるとした一審判決(仙台地判平24.1.25労判1113号79頁)が取り消されました(最三小決平26.8.26判例秘書L06910096〔上告棄却・不受理〕)。