2021年02月10日
昨年7月7日に最高裁で医師の残業代に関する重要な判例が出るなど医療従事者の労働問題については重要な1年になりました。
本年は、医療従事者の労働環境が健康保険制度を巻き込んで様々な議論を呼び起こすかもしれません。
今回はこの点について書きたいと思います。
まず、7月7日の最高裁判決の内容について説明致します。
この事例では高額年俸(年俸1,700万円)が保障されている医師が残業代を請求できるかという点が問題となりました。
1審、2審は,「残業代は年俸1,700万円の中に織り込み済み」という考えで医師側の請求を認めませんでした。
しかし、最高裁は「(年俸1700万円の内訳について)時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった」ことから、「年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」ため、年俸の中に残業代は含まれてはいない結果、病院側は残業代を支払わなければならないとしました。
この「基本給と残業代の部分を明確に区別できない場合には固定残業代制は無効」という考えは、以前から固定残業代制の有効性を判断する際に用いられている判例上の基準で、7月7日の最高裁判例は、この基準は高額年俸が保障されている医師の場合にも同様に適用されると判断した点で重要な意味があったのです。
この最高裁の判決により,医師は広く残業代が請求できるようになる一方で、病院側としては医師に支払う残業代が青天井になるリスクが大きくなったといえます。その理由は下記のとおりです。
①当直勤務がある医師の場合、その当直時間の全てが残業時間とされ、その時間に対応した残業代を支払わなければならなくなる可能性があります。
なぜなら、医師の当直とは頻繁に誰かしらから呼び出しがあるものであり、その場合にはいつでも患者の元に駆けつけなければならない立場にあるからです。
このような場合、医師の当直時間は、仮にその医師が実際には仕事をしていなくても労働時間として扱われることになります(これを休憩時間と分けて「手待ち時間」といいます。)。
その結果、病院側は医師の当直時間について各種の割増賃金を支払わなければならないことになります。
②医師の場合、そもそもの基本給が高いため、割増率を乗じると一層残業代が高額化します。
③病院側で電子カルテが導入している場合、医師がカルテに書き込みを行った時間を改竄することは簡単ではなく、医師側は労働時間を証明しやすいという特徴があります。
④病院が残業代訴訟で敗訴した場合、医師側は診療報酬請求権を差し押さえて残業代を回収することが可能です。この場合、病院側は単に残業代の支払わされるだけではなく、社会的にも大きく信用を失うことになります。
結果、病院側としては裁判で認められた残業代を実際に支払わざるを得なくなります。
上述したように、医師側から残業代を請求された場合、病院側は非常に大きな経済的負担と社会的制裁を強いられることになります。
ところで、残業代が問題になるのは当然医師だけではなく、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士などの医療従事者の方々も、1日8時間、週40時間労働(一部小規模の医療機関だと週44時間)を超えれば残業代を請求できるのが基本です。
そのため、病院側はもし1件でも残業代トラブルを起こすと,次から次へと残業代の支払いに応じなければならないということになります。
このように医療従事者の残業代請求は、実は弁護士にとっては結構な「鉱脈」になるといえます。