2021年01月25日
「サービス残業」という言葉は広く定着していますが、企業が残業代を支払っていない場合、裁判によって残業代のみならず付加金の支払いも命じられる可能性があります。また、企業が労働者の勤務時間を管理していないなどの事情がある場合は、民法上の不法行為責任が認められるおそれもあります。
今回は、過去の判例から、残業代未払いが企業に与えるリスクについて解説します。
割増賃金の支払い義務
労働基準法では、労働時間について「1日あたり8時間」「1週間あたり40時間」と上限(法定労働時間といいます)を設ける一方で、労使間で書面による協定(いわゆる36協定)を締結することで、労働時間を延長したり、休日に労働させたりできることを定めています。
時間外や休日に労働者を労働させた場合、使用者は、法令によって定められた割合によって労働者に割増賃金を支払わなければいけません。
残業代未払いのリスク
企業において残業代の未払いがあった場合、労働者からその支払いを求めて裁判を起こされる可能性があります。この場合、ただ単に残業代の未払い部分を支払うだけではすまないおそれがあることに注意が必要です。
労働基準法では、裁判所は、割増賃金を支払わなかった使用者に対して、割増賃金のほか、これと同額の付加金の支払いを命じることができると定められています。つまり、残業代の未払いがある企業は、本来支払うべき残業代の最大2倍の額を労働者に対して支払わなければならない可能性があるのです。
また、会社として労働時間を管理する義務を怠ったなどの事情が認められる場合は、民法上の不法行為責任が認められることもあります。残業代請求権の時効は2年ですが、不法行為による損害賠償請求権の時効は3年です。したがって、残業代の未払いが不法行為と認定された場合、3年分の未払い残業代の支払いが命じられる可能性があります。
残業代未払いの判例
以下では、企業に対して未払い残業代の支払いが命じられた判例を紹介します。
(1)残業代の未払いが民法上の不法行為として認められた判例
まず紹介するのは、精密測定機器の販売・輸出入を行うA社で起きた時間外勤務手当等請求事件の判例です。この判例は、残業代の未払いが民法上の不法行為として認められた判決として注目されました。
事案の概要
営業所の社員全員が参加する営業所会議や棚卸し等を除いた通常の時間外勤務について、時間外勤務手当を支払わないことが常態化していたA社の退職者が、退職前の未払い時間外勤務手当等について請求したもの。
裁判の結果
裁判所は、従業員の出勤簿には出退勤時刻が記載されていなかったものの、1日あたり平均約3時間30分の時間外勤務が存在したことを認め、管理者が時間外勤務を黙示的に命令していたと判断しました。そして、管理者について、部下職員の勤務時間を把握し、時間外勤務に対する割増賃金請求手続きを行わせるべき義務に違反したと認めました。
また、A社についても、従業員の出退勤時刻を把握する手段を整備して時間外勤務の有無を現場管理者が確認できるようにするとともに、時間外勤務がある場合には円滑に請求を行えるような制度を整えるべき義務を怠ったと認めました。
このことから、裁判所はA社の不法行為責任を認め、A社に対して未払い時間外勤務手当相当額約245万円の損害賠償を命じました。
裁判のポイント
この裁判は、会社が黙示的に時間外勤務を命じながら法定の時間外勤務手当を支払わなかったことが、民法上の不法行為として認められた判例として大きな注目を浴びました。
残業の申請制度はあるもののそれが形骸化している場合や、勤怠管理システム等を導入せず、労働時間を適切に管理・記録していない場合などは、会社の不法行為責任が認められる可能性があることが分かる判例だといえます。
(2)帰宅時間を記録したノートが労働時間の証拠の一部として用いられた判例
続いて紹介するのは、工業用ゴム・プラスチック製品の販売を行うB社で起きた未払い割増賃金請求事件の判例です。この判例は、会社側の出退勤管理の不備を認め、従業員の妻が記録していた帰宅時間を証拠の一部として認めた判決として注目されました。
事案の概要
B社の従業員が、1年4か月にわたり午後10時ないし翌朝午前4時頃までの平日の所定労働時間外勤務や休日勤務に対する賃金が未払いであるとして、超過勤務手当及びこれと同額の付加金の支払いを請求したもの。
裁判の結果
裁判所は、従業員の勤務時間を客観的に裏付ける証拠は存在しないとしながらも、会社がタイムカード等による出退勤管理をしていなかったことで従業員を不利益に扱うべきではなく、総合的に判断してある程度概括的に時間外労働時間を推認するのが相当として、平日について午後9時までの超過勤務を認定しました。
また、B社が出退勤管理を怠り、相当数の超過勤務手当が未払いのまま放置されていたことなどから、付加金の支払いも命ずるのが相当であると判断しました。
このことから、裁判所は、B社に対して未払い賃金額約273万円および付加金約230万円の計約503万円の支払いを命じました。
裁判のポイント
この事例では、従業員の主張する時間外労働時間を裏付ける証拠は、日直当番戸締まり確認リストの記載のほか、従業員の妻が帰宅時間を記録したノートしか存在しませんでした。
裁判所は、ノートの記載からは退社時刻を確定できないとしながらも、会社が労働時間を管理していないのは会社の責任であることから、全証拠を総合的に判断して時間外労働の時間を推認しています。
会社が労働者の労働時間を適切に把握する責務を果たしていない場合、タイムカード等の客観的で明確な記録がなくても、労働者が個人的に記録している手帳のメモなどが証拠として採用される場合があることが分かる判例だといえます。
(3)タイムカードに打刻された時間が労働時間と認定された判例
最後に紹介するのは、電気通信設備工事を行うC社で起きた不当解雇損害賠償・未払い残業代請求事件の判例です。この判例は、タイムカードに打刻された時間が労働時間として認められた判決として知られています。
事案の概要
度重なるミスや時間管理能力の欠如により会社に損害を与えたとして諭旨解雇されたC社の従業員が、損害賠償や未払い分の残業代を請求したもの。
裁判の結果
裁判所は、従業員に対する処分について、懲戒解雇の手続きをとるべきであったにも関わらずその手続きがとられていないことから、C社に対して損害賠償を命じました。
また、未払い残業代については、従業員から請求された労働時間には実際に就業していない時間が相当あることがうかがわれるものの、タイムカードに打刻された時間は仕事に当てられたとの推定を覆すのは困難であるとして、C社に対して割増賃金額約390万円の支払いを命じました。
また、従業員が勤務時間後に会社内でパソコンゲームに熱中したり、事務所を離れて仕事に就いていなかったりした時間が相当あることから、付加金の額は対象額の5割に相当するとして、付加金約187万円の支払いを命じました。
裁判のポイント
この事例では、タイムカードに打刻された時間の範囲内に、従業員がパソコンゲームをするなど勤務をしていなかったことがうかがわれていました。しかし、会社が労働時間管理をタイムカードによって行っている以上、タイムカードに打刻された時間の範囲内は仕事に当てられたものと推定されるうえ、会社が残業状況のチェックを行っていないことからその推定を覆すのは困難であるとして、未払い残業代の支払いを命じています。 企業が労働者自らに打刻をさせることで勤怠管理を行う場合には、実際に働いている時間に限って適正に打刻をさせることが重要だと分かる判例だといえます。
残業代の未払いを防止するためには
残業代の未払いを防止するためには、労働時間を適切に管理することが欠かせません。A社やB社の判例からも、企業が労働者の労働時間を把握していないことは、経営上大きなリスクとなり得ることが分かります。勤怠管理システムを導入することなどにより、労働時間に関する客観的な証拠を収集するようにしましょう。
また、C社の判例から分かるとおり、勤怠管理システムを導入して労働者自らに打刻をさせる場合には、実際の労働時間に限って適正に打刻させることが大切です。労働者の教育をしっかりと行うとともに、打刻された時間と実際の労働時間に乖離がないかどうかを適宜確認することが必要だといえるでしょう。
まとめ
残業代の未払いは、企業にとって大きなリスクとなります。残業代の未払いを防止するためにも、各企業においては労働者の労働時間を適切に管理して、必要な割増賃金を支払うようにしましょう。